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    サイクルモード2011

    • 2011.11.14 Monday
    • 22:09


    大阪は遠かった。東京行くにも割と時間かかるし、ほんと、静岡って中途半端な位置にあるよなぁと思う。
    アパートを出たのが深夜1時。途中で2時間ほど仮眠をとり、実家によって朝食を食べ、
    米原でSを拾って高速を2時間、会場であるインテックス大阪に到着したのは12:30だった。
    とりあえずお腹がすいたので適当にカレーライス等を買い、食べ終わったのが13:30過ぎ。
    私がアパートを出て既に12時間が経過しているというのに、未だ展示車を全く目にしていないのが少し可笑しかった。

    今回の目的はSのロードバイク探し。まずは全てのブースを見て回り、なんとなく雰囲気をつかむ。
    そして、何でもいいから試乗してみて感触をつかむ。今回はピナレロの小さめのロードに試乗してみた。

    いやしかし、予想はしていたけれど、なかなか「これだ!」というものは見つからないものである。
    そもそも女性用とか女性向けというのが少ないし、予算の関係もある。
    最終的には好みのデザインで決めればいいと思うが、女性が乗っても似合うメーカーって案外少ないのが現実。
    Sは「有名なところがいい」と言うし、わたしもその通りだと思うので、名の知れたメーカーをグルグル回っていた。
    ハートマークが可愛いという理由で(デザインも結構気に入っていた)デローザを物色していたが、
    やはりデローザのロードは高価すぎて、どれも手が届きそうにない感じだった。
    そんな中で、イタリアの某老舗メーカーのロードが割と安価でデザインも悪くなく、「これいいなぁ」と2人で言っていた。
    後で調べて知ったことだが、女性にも愛好家が多いメーカーだそうで。ビアンキです、ハイ。
    最後にもう一度ビアンキのブースを覗いて、会場を後にした。まあ、焦ることはないさと、たこ焼き買いに大阪の街へ。

    2011 TOUR DE NOTO 400

    • 2011.09.21 Wednesday
    • 20:48

    ((C)allsports.jp)

    9月17日(土)〜9月19日(祝)。自転車で石川県の内灘町を出発し、能登半島を一周する第23回ツール・ド・のとが開催された。
    私は今回、実に7年ぶりに参加してきた。2004年のツール・ド・のとに第1日目のみの1日コースで出場して以来である。
    もちろん、3日間で能登半島を一周するチャンピオンコースでの参加。
    トレは定期的にしているため体力的な不安はあまりなかった。しかし、不安材料が全くなかったかといえばそうではない。
    大学時代から「ガラスのヒザ」として名高い私の膝が、「いつ爆発するか」が勝負の分かれ目だと確信していた。
    というわけで、各ステージのまとめを、簡潔かつコンパクトに書いておきたいと思う。
    今回は私を含めたKUCCのOB8人での参加で、男6(Tっぺ・G藤・M中・N村・J・私)、女2(S・A)、全員チャンピオンコースでした。

    【第1日目 9/17(土) 全長約124km 内灘町〜輪島市】
    朝から雨だったことを除けば、3日間のうちで一番楽しく自転車に乗れた日だったと思う。
    鈴鹿の8耐以来、久々に本格的に自転車に乗ったというウキウキ感もあったし、
    これから3日間、この人たちと能登半島を一周するんだなというワクワク感もあった。
    途中でKUCCのOBの皆と簡単なクラブランをしてみた。すごく懐かしい感覚。やっぱり皆で一緒に走るのって楽しい。

    私は基本的にSと一緒に走っていた。最後尾付近にいることは承知だったが、それほど危機感を感じることはなかった。
    この日最後にして最大の難所、丸山峠も余裕を持って越え、輪島にゴール。
    私はこの日、野宿の予定で寝袋とマットまで用意していたのだが、豪雨のため予定変更。キャンセルの出た民宿に急遽泊まった。

    【第2日目 9/18(日) 全長約167km 輪島市〜七尾市・能登島】
    現実を突きつけられた日。女の子にはかなりキビシイ。昼食後の「桜峠休憩ポイント」で制限時間オーバーのため収容された。
    「サバイバル」の名を冠したこの大会が、ついに牙を剥いたのだ。
    その牙は、制限時間をわずか1分30秒経過しただけのM中にまで、容赦なく襲い掛かった。
    M中は足を痛めていたからだとは言っていたが、直接的な原因は、
    休憩&チェックポイントの度に皆で私とSの到着を待ってくれていたことにあるのは明らかで、ホントスマンかったと思う。

    収容車でゴール地点へ。ゴール地点までA子に車で迎えに来てもらい、新装した和倉の総湯に行った。
    3人でお洒落なイタリアンを食べに行き、七尾の某ライダーハウス(笑)で一泊。いたれりつくせりで感激致しました。

    【第3日目 9/19(月・祝) 全長約118km 七尾市・能登島〜内灘町】
    雨。風。寒い。もうとにかく寒い1日。走っている間も、休憩中も、終始それしかない。
    志雄運動公園の昼食会場は体育館が開放されており、中はほんのり暖かく、固まった体が弛緩するのが分かった。
    しかし、15分後に出走制限時間が迫っていると聞き、私とSはから揚げ弁当を口にかき込んで、
    休憩している暇もなく、会場を後にした。制限時間まで残り1分少々だった。ゴールまであと45km、
    今日は何としても完走したいと意気込む私と、から揚げをひとつ食べ逃したことを悔やむSがここで一致団結(したと思いたい)。

    制限時間まで1時間ほど残した午後3:30ごろ、我々はついにゴールした。
    スタートの時も見送りに来てくれていたN河夫妻がお出迎え。帰ってきたんだなぁ、という感じがした。
    抽選会で、私はラッキーにも当選し、コンチネンタルのタイヤをゲット。
    ちょうど、今使っているタイヤに小さな穴(裂け目)ができていて危険なため、交換が必要だった。これは嬉しい。
    その後、近くの温泉に入り、かほくのイオンに買い物&食事に行き、Sと解散。Tっぺとはついに一度も会わなかったなぁ。

    とまあ、そんな感じ。辛いことも多かったけど、沢山のチャリダーとともに三日間同じゴールを目指す面白さが癖になる。
    また来年も参加の予定。Sも、今度はロードを買ってリベンジの予定です(笑)

    鈴鹿エンデューロ行ってきた

    • 2010.10.25 Monday
    • 22:57


    昨日、鈴鹿で開催された8時間エンデューロ、ロード(チーム)に参加した。
    私のチームは5人組。大学のサイクリング部OBの同回生の集まりである。中でも、雨男Jは8耐初参加だった。
    偶然か必然か、この週末の天気は午後から雨の予報。さすが、雨男の異名は伊達じゃない。

    同回の者は、一人を除いて体力的な不安はなさそうであった。最近になって乗鞍を登ったNは特に自信ありげに見えた。
    私はといえば、今年の5月22日に富士山を一周して以来、ピナレロに乗っていない。よって丁度5ヶ月ぶりである。
    ただ、割と足繁くスポーツジムに通ってトレーニングはしているので、体力的な不安はあまりなかった。
    やはりメカトラ的な面での不安の方が大きい。なのでチェーンやスプロケに一応油は差しておいた。

    どんよりとした空模様の中、4時間エンデューロと8時間エンデューロが、ほぼ同時刻にスタート。
    私はしばらくの間、カメラ片手にホームストレートを流れる自転車の群れを眺めていた。
    ママチャリで参加しているチーム、コスプレで参加しているチーム、そして本気のチーム、
    それぞれのチームが各々の形でレースを楽しんでいる。自転車の祭典という言葉がこれほど似合うイベントはない。
    見ているうちに、早く走りたいというワクワク感と、若干の不安と緊張感が同時に高まっていった。
    そして私の順番が回ってきた。1週目、2週目は気持ちよく走れたが、3周目に両脇腹が痛くなり、少々しんどかった。
    私は次の順番から2週で交代することになった。力を出し切ったところで終われる2週交代は最高だという結論に達した。

    午後になっても雨は降ってこなかった。雨男Jが「雨のにおいがする」と言い出したときはもう駄目かと思ったが、
    参加者たちの祈りが届いたのか、今にも降りそうでなかなか降らない状況の中、レースは順調に進行。
    レース終了間際、もうそろそろゴールが近づいてきたので、ホームストレートへ最後の応援に行った。
    我がチームラストの走者はN。目の前を通過するのを今か今かと待っていたとき―、
    大集団を先頭で引いているNが物凄い勢いでホームストレートの坂を上っていった。
    まさに我が目を疑う光景。動画で残しておけばよかった・・・。

    結果は85位。450ほどチームがある中での85位なので、結構健闘したといえると思う。
    大学の現役チームとも大差なかったというのも嬉しい。それもこれも私以外の4人が頑張ってくれたおかげである。
    去年は訳あって参加できなかった鈴鹿エンデューロだが、これからは毎年出来る限り参加していきたいと思った。

    富士山一周サイクリング

    • 2010.05.23 Sunday
    • 17:06


    昨日、自転車で富士山を一周してきた。前日の深夜、翌日の天気予報が曇りとなっているのを見て思いついた。
    朝起きられなかったら止めようと思っていたところ、うまい具合に5時起きできたので出発することに。
    ただ、起きてからいろいろと準備を始めたので出発は7時半ごろとなってしまった。
    なんせ、前回はいつ乗ったのかも記憶にないほどの間隔が開いてしまっているのである。
    ちょっと記憶をたどってみると・・・、去年の3月の3連休に伊豆半島を一周したときまで遡ってしまった。
    7ヶ月ほど自転車に乗れない時期があったにせよ、実に1年以上もの間ピナレロを放置してしまったのは我ながらひどい。
    せめてスプロケやチェーンに油を注そうと思ったが、クレ556が見つからず、そのまま出発。

    沼津から富士市方面へ向かい、時計回りで富士山を一周するルート。
    出足はいつもどおり快調だったが、すぐにヘタレた。富士までの平地区間は余裕だったものの、
    そこから朝霧高原までの上りで早くもばててしまった。体力の衰えた今の私にとって、いきなりの800UPはかなりきつい。

    上りの途中、SPDシューズがペダルから外れないという事態が発生した。錆付いてるのかと思ったが、
    クリートの位置がずれただけだったのでその場で直した。何となく外れにくいと思っていたが、原因が分かってよかった。

    実は、元々富士五湖を巡る予定でいたのだが、体力的に無理だと判断し予定変更。単純に富士山を一周するだけにした。
    富士五湖で写真を、と思って持ってきた一眼レフに全く活躍の場を与えられなかった。
    背負ったバックパックの総重量のほとんどを占めていた一眼レフ。せっかく重たい思いをしながら走ってきたのに・・・。
    やはり、コンパクトデジカメの必要性を感じた。安いやつでいいから買いたい。



    富士五湖のうち、唯一山中湖だけが国道に面している。せっかくなので、ここで一眼レフを使った(上写真)。
    曇りだし、既に日は落ちかけて暗くなっているしで、いい写真は撮れない。
    というか、もう体力の限界が来ていてそれどころじゃなかった。ここからひとつ峠を越えなきゃならないし。

    籠坂峠は山梨県と静岡県の県境の峠。標高1104m。
    山梨県側からだと既に標高が1000mくらいあるのでそれほど上らない。ただ交通量が多く、気が抜けない道である。
    籠坂峠を越えると、あとはずーっと下りのみ。待ってましたとばかりに激走した。およそ40kmの間下り続ける。
    籠坂峠から御殿場までを20分、御殿場から沼津までを1時間で走りきった。帰宅は18:40だった。
    走行距離140km。我ながら、思いつきにしては完璧なプランだったと思う(プランでもなんでもないが)。
    まあなんにせよ、メカニカル的な大きなトラブルもなく、自分も怪我なく帰ってこれたことが一番よかった。

    ツール・ド・フランス2009

    • 2009.07.28 Tuesday
    • 22:55


    ツール・ド・フランス2009がついに閉幕した。第21ステージまで全て見ていたが、3週間ホントに楽しかった。
    それもこれも、日本人選手の大活躍のおかげ。今回出場した新城幸也選手と別府史之選手は、
    日本人としては実に13年ぶりのツール・ド・フランス出場である。出場できただけでも凄いというのに、
    第2ステージでは新城選手がチームのエースポジションでゴールスプリント勝負に入り、5位を獲得する大快挙。
    第3ステージでは別府選手が8位に入り、日本人選手が現地で大注目をあびるようになる。

    別府選手はさらに、実力の試される難関19ステージでアシストのいない状態でゴールスプリントに入り7位を獲得、
    さらにさらに、最終21ステージではシャンゼリゼ大通りに突入するやいなや果敢にアタックを決め、
    優勝候補らがひしめく大集団を一気に引き離し、逃げの集団を形成する。
    通常シャンゼリゼの逃げはすぐに吸収されてしまうものだが、別府選手の積極的な引きもあって最終周まで逃げ続けた。
    残り1周の鐘が鳴るすぐ横を、日本人選手がトップ集団で駆け抜ける場面は、まさに鳥肌モノ。
    いままでの常識では考えられなかった光景に、解説陣はしばし言葉を失っていた。
    人気解説者のシュークリームこと栗村修氏は、ついに感極まった様子で、かすかに啜り泣きが聞こえてくる場面も・・・。

    別府選手は、終盤まで積極的に先頭を引くという見せ場を作ったことが評価されてステージ敢闘賞を受賞した。
    いわずもがなであるが、新城選手と別府選手は、そろって日本人として初めてツール・ド・フランス完走を成し遂げた。
    これは大快挙どころの騒ぎではないと思う。本当に本当におめでとう。そして感動をありがとうございました。


    ツワモノ達と伊豆半島一周 part3

    • 2009.04.11 Saturday
    • 22:20


    結局、宿に着いたのは何時ごろだったのだろう。午後7時は回っていたはずだが、
    T田氏に聞いても宿の場所が分からずしばらく立ち往生してたので、時間がよく思い出せない。
    全員で暗闇の中をヒーヒー言いながら走りきり、辛くも辿り着いた本日の宿は、
    入り組んだ狭い路地の中にヒッソリと佇む民宿、「松原荘」であった。



    T田氏によれば、ここは漁師が営む宿らしい。
    玄関を入るとまず目に付く巨大なタカアシガニの標本が確かにそれっぽい。雲見温泉近海であがったものだそうだ。

    まずは温泉に・・・といきたいところだったが、流石に時間が遅くなってしまった。食事が先である。
    汗やら何やらでベチョベチョのアンダーシャツに、浴衣の羽織を着て食卓に向かうと
    そこには期待通りの豪勢な料理が並べられていた。海の幸最高。オプションでビールを注文し疲れを癒す我々だった。



    さていよいよ温泉に・・・といきたいところだったが、またも願い叶わず。
    脱衣所のドアをあけて、中を覗き込んで「こりゃだめだ」と引き返した。

    ・・・狭すぎ。

    シャワーがふたつ。浴槽はどう頑張っても4人が限界。ただし全員がTA☆I☆I☆KU座り。
    先客はパパ&子供2人だったのでスペース的には入れなくもなかったが、
    あの家族団欒の中に飛び込む勇者はその場にいる人間の中にはいなかっただろう。
    一刻も早く身体を洗い流したかった私は、家族が出てきた瞬間を狙って脱衣所に飛び込んでいった。
    その後、K、N、K藤氏らが入ってきて最終的に5人が鮨詰め状態となった。いかんともしがたい光景である。

    就寝は何時だったろう。花粉症によるくしゃみと鼻水に辟易しながら眠りに落ちた。



    翌日は雨の予報。昼前には降り出すということだったので早めの出発となった。
    前日はKのトップだったのでこの日は私がトップをしたが、朝から右膝が痛く、土肥を過ぎた辺りで爆発し、
    戸田に来てついに死んだ。前日から既に膝にきていたが、それが溜まり溜まって吹き出た感じ。
    戸田からの激しい上りがキツイの何の。久々にやったわ、片足走行なんて。
    ペダルが回るたびに激痛が走って精神的にも参った。トップなんてやってられんわ。ほんと。

    大瀬崎を過ぎた辺りで遂に私はギブアップした。あれは無理。限界は既に超えていたもの。
    「K子さんが車でスタンバってるけど、どうする?」と聞かれたが、ここまできて一周を断念することなどできようか。
    「自分のペースで走らせてください。」 そう言って私は独り、西浦の海岸に残った。

    通常の状態なら何てことはない道である。アップダウンも殆どない。だがこのときの私にとっては平地でさえ壁だった
    ペダルを一回転させるたびに冷や汗をかいた。あまりに痛いので右足をペダルから外して宙に浮かせ、
    左足だけでグイグイと回したが長続きしない。途中で何度も止まり、しばらく歩いた。雨が冷たかった。
    口野放水路から西に少し進んだところ、今は使われていない名もなき隧道で雨宿り(上写真)。

    まあそんな感じで、最終的には午後3時ごろ、清水町のラーメン店で合流を果たした。
    皆々様、遅くなって申し訳ない。膝痛めるなんて成長してないね自分。でもあの時は私なりに精一杯だったんだよ。

    その後、ラーメン店で解散。私の部屋に荷物を置いてあるNは、私を置いて颯爽と我がアパートへ。
    一方の私はノロノロと最短距離を進み、息も絶え絶え、帰宅した。これにて伊豆一周完成なり。
    んで、輪行して安城に帰らなければならないNの自転車を載せるため、ロードスターにサイクルキャリアを取り付けた。
    Nを自転車とともに片浜駅まで送り、別れた。みなさん、乙でした。


    ツワモノ達と伊豆半島一周 part2

    • 2009.03.25 Wednesday
    • 22:44


    もうひとつの班はT田氏、N村氏、そしてNである。我が班より明らかにペースが速く、遥か先を進んでいる。
    観光している時間は殆どないが要所要所で止まろうということで、ここ道の駅「伊東マリンタウン」(上写真)で休憩。
    大いに賑わっていた。
    K村氏いわく「関西によくいる安っぽいギャルみたいのがいないんだねぇ、静岡は」とのご感想。
    伊豆は関東方面から人が流れてきてますからねぇ・・・。にしても毒舌は相変わらずのようで。



    城ヶ崎海岸で合流。目的地もろくに決めてないものだからグダグダの集合になった。
    城ヶ崎海岸っていわれたら、普通は灯台と吊橋のことだと思うんだが、
    Nの班はその先のよく分からないところで待機していた(上写真)。ここへ来るまでに何度ストップしたことか・・・。
    いやぁ、このメンバーのらしさが随所に発揮されて、実に面白い旅である。

    とりあえず腹が減ったので近くにある「めし処」でフライ定食を食べた。
    この時点で日没前の到着はほぼ諦めムードで、1時間ぐらいゆっくりしてから出発。
    到着予定の午後5時までは、残すところあと3時間である。道のりは未だ半分も消化できていない。

    こうなるともはや、日没までにどれだけ宿へ近づけるか、が問題であった。



    下田の道の駅で、先に着いたN班が待機していたらしい。「下田には寄ろう」と皆で決めていたからだ。
    我々の班もそれに遅れて道の駅へと到着したが、残念ながらNの班には気付かなかった。
    N班はもう先に進んでいると思い込んでいる我々は、まだ40kmも残された道のりを、宿へ向けて早々に出発したが、
    我々の到着を待っていたN班は、逆にこの下田の道の駅で30分以上ロスをした。
    形勢逆転。なんというウサギとカメ。でも悪いのは我々?

    まあそんなこともあって、多少気持ちに余裕が出来た私だったが、体力的には限界に達しつつあった。
    平地はなんとか付いていけるものの、登りになるとたちまちちぎれるようになった。
    身体に力が入らない。別にハンガーノックになったわけでなく、既に体力を使い切ってしまっただけだと思う。

    そんな折、K藤氏にアドバイスを頂いた。
    「バックパックの位置を上げて、背中で背負うようにしてみたら?今のじゃ腰に負担かかるよ」
    そうだった。今回のバックパックは普段使いのもので、かなり長めにセットされていたのだ。完全に忘れてた。
    ここんとこずっとメッセンジャーバック使ってたからなぁ。
    K藤さん、あの時はありがとうございます。身体が若干軽くなりました。

    雲見温泉まであと10kmほどの地点、そにある大腸峠(K命名)を越えるころ、ついに日没となった。
    その後もだらだらとした登りが続き、皆が悲鳴を上げていた。
    時折現れる「ネパールカレー ○○km」の看板になぜか少し勇気付けられる。しかし店を通過した時には閉店だった。

    明るいところで休憩しようということで、ジョモの照明に照らされたただの歩道で一休み(上写真)。
    ここでK村氏がN班に電話してみる。

    「ネパールカレー通った?」と訊かれた。
    はい、もちろんですとも。N班はまだらしい。やはりあの看板が気になるのだろう。
    さてさて、こちらも負けていられない。我々は暗闇の中を再び走り出した。

    つづく。

    ツワモノ達と伊豆半島一周 part1

    • 2009.03.23 Monday
    • 23:21


    3月の3連休はチャリで伊豆を一周してやろうと、私は腹をくくっていた。
    伊豆半島は能登半島なんかと比べても小ぶりで、意外と距離は短い。2日あれば十分である。
    金曜日に出発して、下田で一泊して、のらりくらりと土曜日に沼津に帰り、日曜日は死んだように眠って、
    仕事に差し支えないような万全の体調で月曜日を迎えよう。と、2週間前の私は考えていたわけである。

    ところが。

    3連休を7日後に控えたある日、事情は急変した。
    まさにその3連休、チャリ部OBで伊豆半島を一周する計画があるとの知らせを受けたのである。
    願ってもいなかったことに少々当惑しながらも、私は即行で参加の意を表明した。

    これは同時に、出発前日の「宿の提供」を意味する。
    すなわち、私の住んでいる沼津のアパートに、遠方からはるばるやってきた野郎を泊めてさしあげるのである。
    別に断る理由もない。むしろ大歓迎。というわけで出発前日、私は安城から来たNを快く迎え入れることとなった。

    安城を出発したNは、興津まで輪行、興津からなぜか自走、途中で薩埵峠に寄り道して日没後沼津に着くという
    相変わらずの変体ぶりで、私はむしろ安堵した。実にNらしい行動である。
    この日は近所にある天然温泉へ行って、何事もなく普通に寝た。
    翌日7:30、集合地である三島駅へ出発。上写真は出発直前の様子。
    Nさん!明日は雨だというのに、その服装しかないなんて、ぱねぇっす!



    私には懸念材料があった。それは、当初考えていた金曜出発が土曜出発になったことである。
    沼津に住んでいる利点が生かしきれていない。これじゃあ普通の週末となんら変わらないではないか。
    しかも、集まったメンバーが最強である。
    T田氏、K村氏、K藤氏、N村氏という尊敬すべき先輩方、そして同輩のKとNである。
    さらに、あろうことかこのメンバーでクラブランをするという。さすがにこれは想定外であった。軽く死ねる。

    はっきり言って、月曜日の仕事に支障が出るのはほぼ間違いない。
    ケツやヒザのひとつやふたつは殉職してもらう覚悟が必要であろう。嗚呼、月曜日が怖い。
    とりあえず出発後の班写真(上)。メンバーはK村氏、K藤氏、K、そして私。



    Kのトップで狩野川沿いをしばらく走り、県道19号で亀石峠を目指し登る。
    登りきってしばらく下ると「うさみ観音寺」という場所があり、ここで記念撮影(上写真)。

    ペースはやや急ぎ気味である。急ぐ理由は他でもない、本日のゴール地点が遠いからだ。
    宿の場所を知らされていない私とNは、てっきり下田近辺で宿を取ってあるものだと思い込み、
    1日100km強走ればいい計算だから余裕だね、と前日に話していた。というか私達は、
    伊豆をどちら回りで一周するのかすら聞いていない。このテキトウさはもう、さすがと言わざるを得ない(笑

    この時点でいろいろとおかしいが、三島駅集合後、さらに追い討ちをかけるように、本日の宿が発表される。

    雲見温泉

    である。Nいわく、「聞いた瞬間にナイトランを覚悟しましたよ。
    時計回りで130〜140kmはあるのではないか。普通に走っても厳しいその距離を、
    伊豆が誇る激しいアップダウンに苦しみながら果たして日没までに走りきれるのか。

    答えは、否。出発時刻が遅すぎる。8:30くらいだったかな。この時点でムリ。
    この旅を企画してくださった偉大なる大先輩、T田氏とN村氏はこう言った。
    T田氏「時間?ああ、5時に行くって言ってあるから。」N村氏「100kmも走らんでしょ。え?そんなにあるの?

    いや〜参りました〜(笑  つづく。

    鈍った身体に喝を part2

    • 2009.03.18 Wednesday
    • 00:20


    ヒザをやってしまった場合の鉄則というか、経験上やってはならないのは、長時間休憩してヒザを休ませること。
    再スタートしたときに激痛が走るからだ。
    とはいえ、さすがにヒザの痛みに耐えて峠に到達したからには、精神的にも安息の時が必要である。

    十国峠で昼を済ませた私は、ろくに曲げることも叶わない右ひざの痛みに顔を歪めながら、熱海への激坂を下り始めた。
    この坂はヤバい。勾配が何%あるのか知らんが、何があってもここだけは絶対に登りたくない
    とにかく握力の消耗が半端ない。
    あまりにもしんどかったので途中休憩しようとしたが、止まるに止まりきれなかった程の超激坂である。

    そんな感じで熱海到着。サンビーチにて一枚(上写真)。



    熱海からは海岸線の国道135号を北上。ノンストップで小田原まで出る。
    この道は渋滞のメッカで、車より自転車の方が圧倒的に速い
    危険であることを承知の上で、渋滞の車列の脇をスルスルと抜けていく。この日の中で一番気持ちよかったかも。
    他のチャリダーも多く見かけるようになって、テンションは上がり気味だった。

    そんな感じで小田原到着。箱根新道横のコンビニで久々の休憩(上写真)。
    ここから始まる箱根登坂に備えて、エネルギー&水分の補給をし、心を落ち着かせた。
    時間はまだたっぷりある。焦る必要は全くない。私は予定通り、旧東海道を登り始めたのだった。



    「箱根の山は天下の険」。東海道最大の難所と言われた小田原〜箱根間を自転車で登る。
    リハビリにしてはチャレンジしすぎたかもしれない。病み上がりでフルマラソンするようなものである。
    半年以上のブランクがありながら一体何を考えていたのか。自重しろ自分。

    とにかく箱根湯本の三枚橋を渡った直後から激坂に次ぐ激坂である。
    最初は温泉街の中を直線的に高度を上げていき、「七曲り」(上写真)という10回以上の九十九折れで一気に登り、
    追い討ちをかけるがごとく現れる「猿滑坂」なる12%の激坂を経て、芦ノ湖畔に至る。

    途中何度も挫折しそうになりながら、それでもノロノロと登り続けた。
    あまりにも進まないので押して歩いた方が早いんじゃないかとさえ思えたが、歩行者は何度か追い抜いた。
    歩行者を追い抜くときのプレッシャーが、これまたすごい。ヨロヨロじゃカッコ悪いのでダンシングした。
    そんな自分の体力の衰えを十二分に感じつつも、私は心の内で密かに叫び声をあげていた。

    (ギアが足りてねぇ!

    ホント、ペダルが回らない回らない。最後の方は蛇行してた。
    ヨロヨロ登る私の脇を、明らかに100km/h以上のスピードで爆音立てて抜き去っていったS2000のあんちくしょう。
    やっぱり自動車の方が(ry



    時間には余裕があったはずなのに、芦ノ湖に着いたころには日没間際となっていた。
    まあとにかく登りきった。あとは下るだけである。にしてもめちゃくちゃ寒いんだが・・・。

    国道1号を延々下る。後方から車が来ていないことを確認しながら車線を目いっぱい使って走った。
    途中で明らかに空気が変わったのが分かった。どんよりとした暖かさを感じた。
    完全に夜の帳が下りる頃、私はアパートに無事帰還した。
    久々に自分の身体を痛めつける快感を思い出しつつ、近くにある天然温泉に向かう。股間の傷に温泉が沁みた。

    そういえば大学はもうすぐ卒業式だねぇ。

    走行距離:110kmくらい

    次回予告:ツワモノ達と伊豆半島一周

    鈍った身体に喝を part1

    • 2009.03.16 Monday
    • 22:00


    3月の3連休は何をしようかと考えて、真っ先に思いついたのが「自転車で伊豆半島一周」することだった。
    だからそのために、実家に放置していたピナレロを先月のうちにロドに担がせて沼津まで運んでおいたのだ。
    ただ、去年の鈴鹿8耐以来ほとんどピナレロに乗っていない。体力的には過去十数年で最底辺だろうと思われる。
    というわけで、伊豆を一周する前にリハビリ的な意味で軽く走っておこうじゃないかと意気揚々な週末であった。

    沼津を出発して函南へ。ここまでは順調。
    しかし函南から熱函道路に入り登り坂になると、急激に辛くなった。半年以上のブランクを早くも思い知る。
    そして、まあお約束というか…、

    右ヒザをやってしまった。ガラスのヒザは未だ健在である。早すぎだろjk

    壊れたヒザで熱函道路と熱海街道との分岐点に到着(上写真)。とりあえず目指すは熱海である。
    右へ行くとトンネルで峠をパスするルート。熱海に行くにはこのルートを通る方が近い。
    左へ行くと熱海峠までウネウネと続く典型的な峠道。交通量は少ない。途中富士山が見え隠れする。

    選んだのは、勿論、峠道。「熱海峠」と聞いて熱くなった。
    ・・・わけではなくて、単に当初の計画からそういうルート通ることに決めてました。



    で、熱海峠に到着(上写真)。峠道については割愛。正直ヒザ痛かったことしか頭にない。
    景色がいい訳ではないし、勾配もそれ程でもない。ただただ、ダラダラと続く長い坂道だった。

    熱海峠から県道20号を北上して、1kmほど走ると十国峠。ここにはレストラン&土産物屋が充実している。
    時間も丁度いい頃合だったので昼食とする。



    皆さんはハンガーノックの恐怖をご存知だろうか。「お腹がすいて力が出ないよ〜」という状態だが、なめたらあかん、

    あれはヤバイ。

    言うなれば「絶望」である。一度これに陥ったら最後、数時間は虚無の深淵を漂うことになる。
    私は自転車で長距離を走る際、ハンガーノックにだけはならぬよう、
    休憩の度に何かを食べてエネルギーを補給している。
    だから昼食の時間だからと言って「腹減った〜」とはならない。ただ「習慣」として一応、腹を満たすだけである。

    「峠そば」(上写真)だったと思う。特別美味しくはない。温かいそばなんてこんなもんだろう。ざるそばにすればよかった。



    十国峠からの眺め。いつも通りの富士山だった。
    いつも富士山が見えるところに住んでいるせいで、既に特別な感慨はなくなった。

    それより気になったのは車の種類かな。やっぱり関東方面から人が流れてきてるためか趣味車が多い。
    ロードスターやS2000が列を成し、ケータハムが3台並ぶ。
    マフラーを交換した走り屋、群れを成すバイクが爆音を轟かせている。
    チャリダーにとっては、ちょっぴり肩身の狭くなる光景である。やっぱ車がいいなぁ、と思う自分だった。

    つづく。

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